認知症や老いとの向き合い方が変わる音楽ドキュメンタリー映画「パーソナルソング」

 
2040年には5人に1人が75歳以上と予測される日本では、確実に身近な問題となる認知症。確実な治療法がまだ見つからない中、音楽が認知症に効果的だという報告がここ数年なされています。

「思い入れのある音楽」をきっかけに認知症の方が自分を取り戻せるのではないか?

そんな取り組みを3年間追ったドキュメンタリー映画「パーソナルソング(原題:Alive Inside)」は、音楽の可能性を検証するだけにとどまらず、老いの定義そのものや老いとの共存を見直すきっかけとなる映画でした。
 

「記憶」と「気持ち」の関係性

 
私はむかし交通事故で軽い記憶喪失になったことがあります。フルスピードの4トントラックに追突されて車ごと数十メートルふっ飛ばされたのに外傷がなかったのはラッキーとしか言いようがないんですが、当時は見えない部分で影響を受けていました。

たとえば、さんざん通った取引先オフィスへの道順を忘れて迷子になったり、物事がまったく頭に入ってこなかったり…。それが高次脳機能障害だと知ったのはディジュリドゥ奏者のGomaさんが同じ症状になったときだったんですが、当時はなすすべもなく閉ざされた記憶の世界を見渡しながら、少なからずストレスや孤独感を抱いていました。

ところが事故から数ヶ月後、「人間ちょっと忘れっぽい方が楽だ」と割り切るようにしたら急に症状が緩和されてきたんですね。身近な人も同じ経験をされていたという話も聞き、脳の機能と気持ちはつながっているんだろうなとー思うようになりました。だから今回のコンセプトについても感覚としてはよく理解できます。
 

音楽はあらゆる刺激の中でもっとも広範囲に脳を刺激する

 
映画「パーソナルソング」では、IT業界出身のソーシャル・ワーカー、ダン・コーエンさんがiPodを使い、認知症の方が若い時に好きだった音楽を聴かせるところから始まります。

その反応は、まるで過剰演出した再現ムービーでも観てるんじゃないかと錯覚を起こすほど。人々は自分の魂を取り戻したような目つきに変わり、あらゆることを思い出し、話し、そして動き始めます。

「音楽はあらゆる刺激の中でもっとも広範囲に脳を刺激する」

そんな学説の検証結果を目の当たりにした現場の医師。しかし「薬では患者の心まで治療できない」と目を潤ませながらも、いまの法律では医療行為として認められないため展開できないと悩みを打ち明けます。そして、その裏には自立を重んじる社会の功罪も見え隠れしていました。
 

自立できぬ者は、身体か心を縛られる?

 
パーソナルソング (Alive Inside)

本作では、米国が自立を重んじる国であるがゆえに、自立できない者や生産性が低い者を疎む傾向にあり、精神的に孤立させてしまうという指摘がなされていました。かつて施設に入れられた認知症の方は拘束具をつけられ、それが社会問題となった後には、抗鬱剤の投与によって「おとなしさ」を維持しているとも。

記憶を失っていく不安。人に頼らなければいけないストレス。人からの尊敬が得られなくなる焦り。もがき苦しみながらも、発散や消化ができないまま薬によって抑えこまれ、決められた行動をこなす毎日。認知症の方は心を閉ざしてしまい、ときに自分への尊厳を失い、脳への刺激をなくし症状を加速させていく。

こうした負のスパイラルを食い止める有効な方法の一つが「パーソナルソング(思い入れの深い曲)」であり、自分の内側に眠っていた記憶や自分らしさ、希望を目覚めさせてくれるのかもしれません。
 

本当は「尊敬」の種類が少し変わるだけかもしれない

 
ちょっと話はそれますが、数年前、ゴジラの音楽やNHK緊急地震速報チャイムを開発したことでも有名な研究者・伊福部 達(いふくべ とおる)さんの発表を拝見する機会がありました。

伊福部さんは福祉工学の分野でも著名な方なのですが、「高齢者の方々は記憶力が低下しても経験値や知恵が失われない。彼らのそうした特性によって社会を活性化できないか?」とお話されていたのがとても印象的だったんです。

老いを「衰弱」と定義してしまうと自分も周りも辛いけれど、個性や尊敬されるポイントが変化すると捉えれば多少気持ちも楽になるし外界との接点も一気に広がる。そこにシフトできるかどうかが、老いや認知症との向き合い方においても大切なんですよね、きっと。映画「パーソナルソング」を見て、そんなことをあらためて感じさせられました。
 

Webの力が加速させたプロジェクトと映画化

 
この映画を語るにあたって、もう一つ注目したい点があります。

映画「パーソナルソング」は、Kickstarterで資金集めに成功して製作にこぎつけたんですが、当時公開されたYouTube動画は米掲示板サイトRedditで話題になり、今日までに1,000万回近く再生。プロジェクトも軌道にのり、現在は1,000近くの介護施設でこうした音楽セラピーが展開できるようになりました(ちなみに目標は60,000施設)。

Music & Memory

さらに映画のほうはドキュメンタリー映画の登竜門としても知られるサンダンス国際映画祭では観客賞を受賞。いかにも現代のインディペンデント・チームらしい成長の遂げ方をしていますよね。日本での上映は、シアター・イメージ・フォーラム(2014年12月)を皮切りに年明けから全国各地で上映予定なので、お近くの方はぜひどうぞ!

なお、このプロジェクトはまだまだ現在進行形。ダン・コーエンさん率いるMusic & Memoryでは使わなくなったiPodの寄付寄付金も受付中です。

※補足:この映画、そしてこの記事は現在の介護の現場を非難するものではありません。作品でも「介護の現場スタッフはみんな愛情深く、優秀な人が揃っている」とはっきり語られていますので誤解なきようお願いいたします。
 
Image: ALIVE INSIDE Official Trailer, Music & Memory
 

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